ドラムの歴史 1

NO IMAGE

皆さんが取り組んでいらっしゃるドラムの歴史について触れようと思います。旧いものは確かに古臭いもので、現代のものとはかけ離れていて心惹かれるものではないかもしれませんが、今現在起こっていることは先人の沢山の挑戦の積み重ねで、なにか行き詰まりを感じたり、もっと掘り下げたいときにはきっと役に立つと思います。

私が個人的に興味をもってネットで調べた程度の知識で、正式な文献をきちんとあたったわけではありませんし、歴史全てを網羅しているわけではなく、私の個人的な趣向も入っておりますので、これが全てということはありません。興味を持っていただくきっかけになればうれしく思います。

ー---

いま皆さんお馴染みのドラムセットですが、実は他の楽器に比べて歴史が浅く、1894年(明治34年)アメリカの小太鼓奏者によって発明されました。

ヨーロッパの軍隊が持ち込んだ楽器が、奴隷としてアフリカから連れてこられたアフリカ人の手に渡り、動画のような音楽 (ニューオリンズ・ジャズ) が、ニューオリンズのアフロアメリカンの間で生まれました。(ニューオリンズは西アフリカに近く、奴隷貿易の基地がありました) 
当時の音楽は生活に密着したもので、冠婚葬祭などイヴェントごとに必要なものでした。

お葬式の様子です。

私がお世話になった先輩で、生前この葬儀(Jazz Funeral といいます)を希望しててご家族がそれをかなえた人がいます。普通の斎場だったのでみんな驚いていました。

伝統を踏襲する現代のニューオリンズスタイルのバンドです。

この編成には小太鼓奏者、大太鼓とシンバル奏者、最低でも2人が必要なのですが、これを1人で兼任して2人分のギャラを貰おうと企んだのがアメリカの小太鼓奏者、Dee Dee Chandler という人でした。この人が足でドラムを叩くフットペダルを発明したわけです。

この頃のドラムセットですが、和太鼓(中国?) やチャイナシンバルのようなものが混ざっていて他民族国家アメリカならではだと思います。ハイハットシンバルはまだありませんでした。

その後、今のハイハットにあたる合わせシンバルの仕組みが発明され、現代のドラムセットに近い形になります。低い位置にあるので Low Boy, Sock cymbalsと呼ばれていました。後に両手でも演奏されるように高くセットできるスタンドが開発されます。これがHi-Hat と呼ばれる所以です。

LOW BOY 発明のきっかけになったとされる BABY DODDS

アメリカの交通網の発展もあり人の流れと共に、ジャズという音楽文化はアメリカ南部より各都市に移り、ダンスに適したダンスミュージックとして新たな発展をします。

白人リーダーのベニー・グッドマン楽団
ドラマーはジーン・クルーパー

黒人リーダーのカウント・ベイシー楽団
ソニー・ペイン
後半に長いドラムソロがあります。10:00過ぎたあたりからスティックを回したり投げたりの曲芸があります。

この頃のジャズはスイングジャズと呼ばれ、アレンジがされた部分が多く、即興性は薄く難解なリズムもなく、曲も短く、ダンスミュージックとして都合よくつくられています。見た目にもエンターテインメントを重視した場面が随所に見られます。

ドラムのフレージングの特徴としては、まだ上半身、特にスネアドラムが中心の演奏で、今どきのバスドラムとスネアドラム、タムが連携したフレーズはあまり見られません。

ダンスホールでの演奏は、動画の通り大編成のジャズオーケストラが常でしたが、この後の世界大恐慌 (1929年~(昭和4年) )により、大編成での演奏が経済的に困難となり、バンドマンは失業、ジャズの演奏は小編成化されることになります。
それによりジャズはダンスミュージックの要素を減らし、即興性の強い鑑賞する芸術に変化していきます。この流れの中、1940年後半(昭和15年後半)チャーリーパーカー、ディジーガレスピーを中心にビーバップというモダンジャズの原型が生まれました


この時代のドラムの特徴は即興性が強く演奏が自由であることだと思います。
スネアドラムを中心にメロディーに絡む演奏をしています。

殆どジャズの歴史となってしまいましたが、ドラムセットの始まりがジャズだったからか、現代のドラムの演奏スタイルは、深くジャズと関わっています。
ロック初期のドラマーにはジャズの影響があからさまに見える演奏がが沢山あります。

アメリカ生まれの音楽で、ジャズ以外にもフィールドハラー(黒人労働歌)から派生したブルース、宗教音楽のゴスペル等、馴染みがあるものもありますが、以降の音楽と深くかかわってきます。

おそらく皆さんが好きなロックの誕生は1950年(昭和25年)以降です。電気楽器が開発されたり、国際的な人の行き来が進むことで、他国の音楽文化と混ざり合い、音楽もドラミングも多様化していきます。以降すべてのドラムの歴史を追うことは困難ですが、私の趣向を中心にご紹介していきたいと思います。

続く